第5回M.I.C.C.最終選考候補作選評

 第5回を迎えたモーニング国際新人漫画賞は世界中から、質・量ともに前回を上回る作品が寄せられました。応募者の中にはプロとして活躍中の方も少なくありません。これは作品や読者、市場を含めた日本の漫画が、世界で一定の存在感を示しており、多くの人に愛されていることの証しと考えています。関係者の一人として、本当に嬉しいことであり、感謝の念にたえません。
 この賞に興味を持ってくれる方はご存知のように、日本の漫画市場は老若男女に向け、とても幅広いジャンルがあります。そのなかでも我々の発行する「モーニング」「モーニング・ツー」は成年男性向きの雑誌です。読者はホワイトカラーが多く成年向け漫画誌の中では女性読者も多いことが特徴です。編集部には少年漫画誌や女性向け漫画誌、小説やジャーナリズムの分野で編集経験のある人間もいますが、基本的には成年向け漫画に軸足を置いている編集者たちです。本賞においては「成年向け」というマーケッティングは極力排除し将来性や才能を評価しようと努めていますが、認識をコントロールすることには限界もあります。この賞が、日本の漫画市場全体を代表している訳ではないということを、はじめにお断りしておきます。

 今回、印象に残ったのは、地域の多極化とジャンルの二極化。これまでは韓国、中国、台湾という、日本に近い漫画文化を持つ東アジア、アメコミという肥沃な土壌を持つ北米、BDに代表される芸術的指向の強いフランス・イタリアからの応募が大半でした。今回は前回まで、あまり目にすることのなかったロシアや東欧、南米、中東からの応募が増え、それが一次選考通過作品にも反映されています。5回にわたり賞を続けてきた結果、いろんな経路で本賞が知られていったのでしょうか。日本のコミックが流通していない地域からの多数の応募は大変光栄なことです。見事副賞を獲ったManguinha氏『OVER THE RAINBOW』もブラジルからの応募で、ポップな色彩が印象的なフルカラー作品。近未来のディストピアが舞台のSFであり、アニメやゲーム的なものを踏襲しつつ、キャラクターデザインや人物造形の端々に新鮮な感覚を感じさせるものでした。
 そして二極化の問題。この賞ではずっと指摘されていることですが、世界的に見れば日本の「漫画」と聞いて、ほとんどの人がイメージするのは少年向きの作品だということ(ちなみに少年向きと言われる作品にも大人や女性の読者が数多くいます)。今回はいつにも増して、少年漫画を表面的に模倣したものが多く見受けられました。つまり格闘や超人的バトルが延々と繰り返される作品です。愛読者が自分でも描いてみたというものが多く、オリジナリティが感じられないと同時に、登場人物は行動が予定調和なロボット的キャラクター。すぐれた少年漫画の神髄はアクションやバトルではなく(これはニワトリが先か卵が先かの問いにもなるのですが)、それによって人間のエゴやプライドの問題、自己犠牲や倫理といった繊細な部分が、結果的にあぶり出されるところにあります。そのためには、キャラクターの一人一人に生命を吹き込むことが必要ですが、少年漫画的な舞台装置でそれを行うのは、現実に存在する世界を描くよりも実はハードルが高いのだということを知っておいて下さい。
 そして少年漫画的一群とは対照的な、個人の悪夢や苦悩する精神世界をアブストラクトに描く作風も、もう一極として目立っていました。画力的には達者で流麗なタッチが多く、プロとして活躍されている方も多い傾向。最初に述べたように日本の漫画マーケットの多様性に期待して送ってこられたのではないかとも予想します。ですが、いかんせん独りよがりで、当人にとっては根深いのかも知れませんが、その深さや深刻さが伝わってこない作品が多いのが残念です。多様とは言っても、日本の漫画はあくまでポピュラーな娯楽であり、画廊で少数に販売されるアートではありません。US$5からUS$10の単行本を何万人という読者に買ってもらって、はじめて成立するビジネスなのです。
 そういう中で、今回の大賞受賞作である雅紳氏の『人魔共生』は日本の漫画誌に載っていても違和感の無い、バランスのとれた作品でした。悪魔と人間が共生するファンタジー的世界でありながら、人間とは何かという問いや、読者を驚かせる工夫も盛り込まれた、ある意味贅沢な内容。こう書くと、最初からお客さんがいるマーケットを狙えるような作品を求めているように誤解されるかもしれませんが、あくまで賞は才能評価です。雅紳氏の構成力や画力、キャラクターに息吹を与えるセンスが選考会で高く評価されました。
 既存の作品の模倣と独りよがりな前衛、どちらも作品のジャンルにこだわるところに根があるのかも知れません。ジャンルよりも作者の描き方に、我々はオリジナリティを求めます。平凡な日常、どこにでもいる人物を面白く描き、共感を持って読んでもらうことは、難しくもチャレンジする甲斐のあることです。
 最初に触れたように、成年向け漫画誌だけでは、世界中の多様な才能を発掘するには限界もあります。過去の5回の賞で、世界各国のコミック文化の広さと深さを実感しました。賞を主催する我々の側も、才能の受け皿として横にネットワークを広げ、多様性を出す方策を検討しているところです。
 『人魔共生』の日本語訳は、2012年4月21日発売の月刊「モーニング・ツー」に掲載されます。また『人魔共生』『OVER THE RAINBOW』2作品のオリジナル言語、日本語訳、英語訳はこのWebサイト上で2012年5月22日より公開されるのでご期待下さい。
 最後になりましたが、応募下さった方全員に、心より御礼を申し上げます。

M.I.C.C. 選考委員長・田渕浩司

「人魔共生」

雅紳 / 台湾

《あらすじ》 人間が住むエリアと悪魔が住むエリアにわかれた世界。ふたつのエリアの境界は、人間と悪魔が共存する「共生域」と呼ばれていた。
ある日、共生域で活動する救援隊の隊長はそこで誕生した小さな命を発見。今にも消えてしまいそうなその小さな命を救うため、隊長は悪魔とある取引をする。
数年後、救援隊の隊員・ティーシーは行き場を失い共生域で暮らす人々を見守っていた。そんな活動のさなか、ティーシーは共生域に似つかわしくない少年と出会うが、その時、悪魔が現れふたりに襲いかかる。
悪魔を前にして不敵に笑う少年。その正体とは…。

《受賞者コメント》 雅:この作品が賞をいただけて、本当によかった。意外だし、びびっていますが、本当によかった。この作品を評価してくださった審査員の方々に感謝します。
私自身、このストーリーがとても好きです。人の心の定義やその人の人間としての意味には、たくさん興味深いものが含まれているでしょう。
こんなすばらしいストーリーを書き、一緒に完成させていってくれたパートナーにも感謝します。ストーリーをうまく表現できるよう努力したつもりですが、これから勉強しなければならないことがまだまだありそうです。
これからも、私たちコンビがもっとたくさんの物語をより多くの人に届けていければと思います。最後に、家族に感謝します。家族のサポートや言葉が、私にとって最大最強の支えなのです。
紳:両親、そしていつも一人目の「審査員」をしてくれる兄、最初に私にペンを持つように言ってくれた人、支えてくれている友人たち、パートナーの家族の皆さん、審査員の方々に感謝します。
この作品が賞をもらったと知って、とってもとっても意外で、でも本当にとってもとってもうれしいです! それから、このストーリーのアイディアをくれた大学時代の李先生にも感謝しなければなりません。
他の動物にとって「心」とは血液を送るだけのただの器官なのに、人間の心というのは実に不思議なものだと教えてくれました。『人と魔の共生』はこうした考え方から来たものです。最後になりますが、私のパートナーにも感謝です。
この不思議な旅路を、また二人で続けていきましょう。

《評》 人間と悪魔が共存する世界で出会った、女性と悪魔の少年の運命を軸に展開する物語。
登場人物の表情が豊かで、特に主人公である悪魔の少年は“怖さ”と“愛嬌”を兼ね備えており、「この子が次になにをするんだろう」と楽しみに思わせる力があった。
ストーリー的にも、破綻がないだけでなく読者を驚かせようという作者の意思を感じた。
少しわかりにくい構図やコマ組が散見されるなど改善の余地はあるが、今回の応募作の中では抜群の完成度だったことを評価し大賞としました。 [M.I.C.C.事務局 以下同]

「Over the Rainbow」

Manguinha / ブラジル

《あらすじ》 城壁都市「オロム」に暮らす人々は、支配階級“ミドリ”の下に“インディゴ”や“アオ”と階級は分けられ、人々は上へ昇ろうと頑張っており、城壁の外に住む野蛮な“アカ”を恐れている。
菓子工場で働く少女オテリアは、彼女の母が子供を買わず、自分で産んだことで母娘ともに差別を受けていた。ある日、可愛がっている猫が警察になぶられているのを救おうとして片腕を失ってしまい義手になる。
「オロム」への忠誠心を失った彼女の前に“アカのテロリスト”と呼ばれる仮面の男が現れ、見たことのない剣捌きで、警官隊と都市を撹乱していく。

《受賞者コメント》 講談社のM.I.C.C.のような大きなコンクールで最終選考に残り副賞に入賞したことは、西洋人としてとても光栄に思います。
応援してくれた全ての友人、家族、コンクールのライバル、そして、外国人にもチャンスを与えてくれたモーニングに感謝します。
コンクールのことを知ったのが締め切り間近という状況で、少々慌ただしくも最大限の努力をして完成させた作品ですので、みなさんにお楽しみいただければ嬉しいです。
社会というものに強いメッセージを持った一風変わったシナリオを目指しました。でも同時に読者にそのような読み方を押しつけるものではなく、楽しんでいただけるものを作りたいと思いました。
ブラジルのように文化もマンガも日本とはとても異なる国で生活する私の経験が、シナリオにも絵にもオリジナリティを与えてくれるものと信じています。
これから先、モーニングとともにもっとポピュラーな、さらに大きなより良い作品を作っていくチャンスを与えられたことにとても感激しています! 次は大作になりますから待っていてくださいね!! みなさん、ありがとうございました!

《評》 幸福だと皆が信じる管理社会に、ふとしたきっかけで主人公が気付き、反旗を翻すと言う「ディストピアもの」だが、舞台世界に不健康な暗さや厭世観はない。
人物のタッチや色彩がポップで、その分だけ「幸せとは何か」という作者の問いかけがストレートに伝わってくる。また仮面の剣術使いの技や機械化された人体など、登場するSF的造形物もメジャーなセンスがある。
おどろおどろしいモンスターにも愛好家はいるが、お客の数は限られてしまう。この人のタッチには老若男女を問わず受け入れられる可能性がある。
地力を感じさせるが、部分的に描き飛ばしている箇所も見受けられるので、細部まで手を抜かなければ、次のステージを目指せるはず。

「LITTLE BUT big」

e-ka / インドネシア

《評》 『修羅の門』などの名作格闘漫画を彷彿とさせる絵のタッチは評価できるが、あまりに話が平凡な印象を受けてしまった。<朝ごはんを食べなかったから勝負に負けた→食事は大事>というオチを真っ正面から描きたかったのだとしたら、それなりの方法があっただろうし、ギャグとしてオチに据えていたのだとしたら、その狙いは完全に失敗している。漫画作品としての新たな「発見」がなく残念に思えた。

「Close」

肖設 / 中国

《評》 色使いも含め絵に独特の雰囲気があり、目を楽しませてくれる。しかし話は主人公がレストランで見たことを順番に並べているだけという単調な構成になってしまっているのが惜しい。主人公が聴覚障害者であるという設定もあまりうまく生かされているように思えなかった。傍観者であったとしても物語の終わりに何か主人公に変化を与えてほしかった。

「What once was a dove…」

dee juusan / ヨルダン

《評》 哀しい運命を辿る主人公の鳩と、少年から青年へと成長する一人の男。彼らの慈愛にあふれる台詞や残酷な結末が、叙情詩を謳いあげるように表現されている。大空を舞う汚れなき者が見た世界は果たして美しかったのだろうか、と考えさせられた。今後はもっとストーリー性のある漫画作りにもチャレ ンジしてもらいたい。

「梦中人」

甘木 / 中国

《評》 シンプルなタッチで描かれていながら、描かれている内容は非常に深い物を感じさせる。ただそれは、読者が好意的に何かを感じ取ろうとして読んだ場合であり、普通に読んだらかなり難解な内容である。主人公のキャラクターを立てる、随所にギャグを入れるなど読んでもらうための工夫を施してほしかった。

「四人行」

叶卓勇 / マレーシア

《評》 冒頭の衝撃的なシーンや主人公の連れて行かれた図書館のような場所が燃えるシーンなど、インパクトのあるシーン作りには一定以上の力を感じた作品。謎が謎を呼ぶようなストーリー展開も非常に興味深かったが、結局、作者が何を伝えたかったのかよくわからなかったのが非常に残念。自分のイメージも大切だが、読者に対するわかりやすさを意識するともっと面白い作品が作れるのではないかと思った。

「Nothing」

Lydia / マレーシア

《評》 生きることの虚しさと向かい合い、妥協のない丁寧な筆致で表現した衝撃作。「天国も地獄もぼくの魂なんか欲しがらない」と嗤う主人公の絶望は、物語の中盤より徐々に画を粉砕しはじめ、キュビズム調の画として再構築されてゆく。破壊と再生を繰り返す画の表現そのものが、虚しく繰り返される生と死を克明に表現しているようで思わず目を見張る。やがて主人公が行き着いた地獄の扉の先で待っていたのは、新たなる生という絶望であった。陰惨な描写は決して万人向けではないが、深層心理の描写力は斬新にして抜群。

「Curse&The City」

Bayu Harditama  / インドネシア

《評》 狙って描いた<笑い>の部分は面白いと思える読者もいるのだろうが、すべってる印象を感じてしまった。作者が好きなネタを自分が好きなように放り込んでいるだけで、読者の事を考えていないのではないか。選考委員の一部で笑いを誘った主人公が変身するシーンも脈絡なく唐突に登場していて、なぜ主人公が突然現れた怪物と闘うのか、などの世界観の説明が一切ないのは、やはり読者を置き去りにしているためであろう。漫画作品は読者があってこそ成立する。

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