「マジックしかない」前田知洋と長見良

前田 それにしても、なぜマジックの漫画の主人公として、障害のある登場人物を描こうと思われたんですか?

杉本 最初に初代の担当編集さんが持ってきたのは、「何かの天才を描いてくれ」というお話だったんです。その後、先ほどもお話しした通り、マジシャンの生活は誰も見たことがないし、マジシャン主演のドラマというのもないということで、「じゃあマジックでいこう!」となったんですが、改めて“マジックの天才”というものを考えてみると、「何でもできてしまう」という設定って漫画や小説ではよくあるなーと思ってしまったんですね。そうした前例があるのを踏まえて、逆に弱みというか、どこか普通と違った部分があると、マジックを通じて世界を見る“照準”を定めることができるのではないかと、連載の準備段階ではそう考えていました。普通の人だったら普通にマジックをやって……まあ漫画と同じで途中で限界を感じ辞めてしまう人も多くて(笑)、続ける人と辞める人とがいますよね。でも、マジック以外には何もできなかったら──やっぱり、マジックに人生を賭ける必然性が高まりますよね。

前田 なるほど。

杉本 私もわりとそういうタイプなんですが(笑)。実際、いまの人たちって、さまざまな局面で選択肢がたくさんあるじゃないですか。生き方が増えたというか。でも増えた分、逆に「これじゃなきゃ!」っていう、自分にとってスペシャルな生き方をしている人は少ないような気がします。だからこそ、「これしかできない!」というキャラクターに惹かれる気持ちが、みんな少なからずあると思うんです。そこを突き詰め、ちょっと強調するような形で、主人公をディスレクシアという設定にしました。

前田 いまの話を聞いて思ったのですが、やりたいことを続けていくには、謙虚さが必要だと僕は思うんです。僕にとって、マジシャンとして生きてラクになったのは、「僕はマジシャンとしてはまぁまぁだけど、人間としては駄目な奴かもしれない」と思い始めてからなんです。つまり、良くんが「自分にはマジックしかない」と気がつくのは、ある意味謙虚な姿勢だからこそ。そこに可能性を感じるんです。逆説的ですが、「マジックを辞めても、もしかしたらこんなことができるかもしれない、あんなこともできるかもしれない」なんていう姿勢は、長い目で見て可能性を捨てている気もします。

杉本 確かにそれは、現代ならではの傲慢さなのかもしれませんね。

前田 ですから、いまの仕事に巡り合ったことに対して「自分にはこれしかないんだ」と謙虚に思うことが大切で、それこそが仕事を成功させる秘訣なのではないでしょうか。マジックに巡り合えたことに感謝している……と言ったら少し大げさですが、自分が何かに出会えたことをポジティブに受け止める。それは、生きていく上でとても大事なことだと思います。『ファンタジウム』3巻で、良くんがリンキングリングを演じているところに、「命を懸けて/一生を費やして/愛することで──」という言葉が重ねられているあの場面は、ですから僕にはとても印象的なシーンでした。

『ファンタジウム』より

良が「リンキングリング」の一種である「ヤコブの梯子」を披露する。前田さんも感動した名シーン!(『ファンタジウム』第3巻より)

杉本 前田さんご自身は、プロのマジシャンとしてやっていくんだと思ったターニングポイントのようなものがあったんでしょうか?

前田 ないんです(笑)。

杉本 おおっ(笑)! では自然と、ですか?

前田 先日出版された『NHK「トップランナー」仕事がもっと面白くなる「プロ論」30』という文庫本の中に、僕の人生がたった7ページにまとめられているんですが(笑)、それは「マジックの神様みたいなのがいて、“君はクロースアップマジシャンになりなさい”って常に手を差し伸べていてくれたような気がしているんです」というタイトルになっています。つまり、その場そのときで一番いいと思う選択をしてきて、時には“マジックをする”という選択肢と、“企業に就職する”という選択肢もあったのですが、結果的に考えると、何か見えない力に導かれていたのではないかと……そんな気がします。「なりたい」とか「なりたくない」とか、そういうことを通り越していたのかもしれません。

杉本 マジックの道を選んだ中で、やはり辛いこともあったんでしょうか?

前田 辛いことはいっぱいありますよー。

杉本 でもやっぱり、マジックに戻ってくる?

前田 ええ……そうですね。

杉本 それは私も同じですねー。漫画を描いていて、辛いこと、たくさんありましたけど……なぜか漫画に戻ってきてしまうという。前田さんは、「辛いときでもトランプ切ってれば元気になれる!」みたいな感じですか?

前田 それはないですね(笑)! 辛いときはあまりトランプに触りたくないです。風邪薬と一緒で、乱用すると効かなくなりますからね。

杉本 (笑)。

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杉本亜未

漫画家。2月27日生まれ、横浜市出身。うお座O型。サン出版(現マガジン・マガジン)刊「JUNE」誌(現在休刊)の『竹宮惠子のお絵かき教室』への投稿が、デビューのきっかけとなる。2006年よりモーニングスーパー増刊「モーニング・ツー」で『ファンタジウム』を連載中。好きな食べ物は有機野菜。特技は料理で、それを生かし現在「Superクロスワード」誌(マガジン・マガジン)で『おしえて!アンサーちゃん』も好評連載中!

前田知洋

クロースアップ・マジシャン。1965年、東京出身。1988年、ロサンゼルスのマジックキャッスルに日本人最年少で出演。2004年より「スーパーテレビ 奇跡の指先 前田知洋」「徹子の部屋」ほか、多くの番組に出演し、近距離で見せるマジックのブームを巻き起こす。2005年にはマジック・サークル・ロンドンの100周年イベントにゲストで招かれ、最高位のゴールド・スター・メンバーを授与される。2008年には米国のマジックの専門誌「GENII」の表紙を飾り特集を組まれた。著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密の言葉』(日本実業出版社)など。