CHAPTER4:仕事論

アイディア出しは「起きて数時間以内」

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『特上カバチ!! ―カバチタレ!2―』第8巻143〜144ページ[Amazon.co.jpへ

──継続的に仕事をしていくうえで、田島さんが気をつけているのはどのような点なのでしょうか?

田島 『カバチ』、『がんぼ』(※「イブニング」で連載の『極悪がんぼ』『激昂がんぼ』)など原作の執筆は誰にも邪魔をされない夜中でないとできないのですが、ぼくは昼間には大学院に通っていますし、事務所の実務や経理もしなければならないので、かなり変則的な夜型生活を送っています。週4日は夕方起床して昼前に就寝、残りの3日は午前中に起床して深夜就寝。そのうえ週1〜2回は徹夜で、不健康の極みという感じです。ただ、その中で一つだけ心がけていることがあります。それは、起きてから数時間は、できるだけ漫画のアイディア、とくにその回のキモになるアイディアを出すことに集中するということです。この時間帯には、編集者やうちの事務所スタッフとも仕事の打ち合わせも会話もせず、ほかの作業も何ひとつやらず、ただただアイディアの発想をするんです。と言うのも、ぼくが作品のアイディアを効率よく出せるのはどうやらそのタイミングだけで、事務所の実務なり大学院の学習なり、たとえ30分でも何か別のことに集中してしまうと、その日一日何も考えつかなくなることが多いんですね。特に論理的な思考が必要な作業をしてしまうと、てきめんにアイディアの出が悪くなってしまいます。「モーニング」の週刊連載と「イブニング」の隔週連載というハードスケジュールをこなさなければいけないにもかかわらず、丸一日を棒に振ってしまうんですよ。ですから起床して数時間、ある程度出切ってしまうまでアイディア出しに集中します。それが終わったころにはまるで徹夜明けのようにヘトヘトになっている……というのが通例ですね。

ただ、もちろん「起きて数時間」程度で原作をすべて作ることができるわけではありません。そのあともえんえんと、何十時間もかけて、余裕がない中で細かな演出案やセリフ案をひねり出すことになります。ただこういった細かな発想は数こそ多く出さないといけませんが、ひとつひとつは一番最初のアイディア出しほど重くはありません。発想の際には、真夜中に近所を散歩しながらということも多いですよ。深夜の住宅街を何度もぐるぐるウロウロしながらアイディアを考え、良い案が出たら所かまわずに道端の自動販売機の側面や街灯や電柱を下敷きがわりにして何十分もメモをし始めるので、知らない人が見たらめちゃくちゃ怪しいですよ(笑)。実際、何度警察に通報されて職務質問を受けたか……。

具体的なアイディアは、ぼくの場合、まず映像が先に浮かんでくることが多いです。朝、田村が事務所に出勤しようと車を運転している、すると携帯に電話が掛かってきてそれがこのところかかわっている依頼者からで何やら緊急事態が発生したようだ、田村はたちまち険しい表情になって車を反転させた……。こんな感じで映像が浮かんでくる。そこで、この映像が気に入れば、映像にそのシリーズでテーマにしている法律ネタを使ってうまくストーリーを組み合わせるということが多いですね。
例えば、その電話は借金の取り立てを受けて助けを求めていた、役所から営業許可の取り消し通知が届いた、離婚した元亭主が子どもを無理矢理連れて行った、その電話を受けて田村は依頼者のところにかけつけた、債権者のところや役所に乗り込んだ、すぐに事務所の先輩に協力を求めた、とか。こうした無数のパターンから、一番良いストーリーを選ぶんです。大変だけど、楽しいですよ。

漫画には、夢がある

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『特上カバチ!! ―カバチタレ!2―』第16巻229〜230ページより[Amazon.co.jpへ

──1999年から今まで、ほとんど休みなしで、途中からは隔週連載も含めて毎月約6本分の漫画を描き続けてきて、東風さんが仕事について感じていることは何でしょうか?

東風 今、思っているのは「やっぱり、漫画家って夢のある仕事だよな」ということですね。最近は作画の手のスピードに関しても少しだけ余裕が出てきたんですよ。また、このあいだ描いた「大野の過去編」のシリーズでは、自分でも「のっているな」と感じられるほど、これまでぼくのやらなかったアングルでキャラクターを描くことができました。そういうこともあって、今は、ほかの人の漫画もたのしんで読んだうえで、近くにいるアシスタントにも堂々と「漫画っていいな、夢があるな」みたいに伝えられているんですね。これ、ちょっと前まではとてもそうは言えなかったんです。ほかの漫画どころか、自分の描いたものを読みなおす余裕もなかったですから。そうすると、むしろ漫画なんてキライだとさえ思えてしまうこともあって、漫画家志望のアシスタントにも「ほかにおもしろい仕事、たくさんあるんじゃないの?」と言っていて……。もともと、この世界がラクではないということはわかっていたんですけど、以前はもっとこう、「たのしくはないよな」みたいなことで仕事がつらくなっていたんですよね。

『カバチタレ!』をはじめてからしばらく経って、『極悪がんぼ』の連載もはじまると(※「イブニング」にて2001年より連載開始)、とにかくしばらくは「原稿を落としたくない」ということでカラダに無理をかけ続けていたんです。それで知らないうちに倒れてしまって、髄膜炎になっていた時もありましたし、体重は、連載がはじまってから30キロか40キロぐらいは増えてしまいました。でも、仕事なんだからやるしかないよなと思って続けてきたんです。家族がいるんだし、お金を稼がなきゃいけないんだからな、と。だけど、今のように作画がのってくると、漫画の仕事によってカラダにかかってくるストレスを、同じ作業である「絵を描くこと」によって解消できて嬉しいという時も出てくるようになったんです。そうなると、「そうだ、おれ、ずっと絵が好きだったんだよな。漫画家になりたかったんだよな」という思いも前に出てくる。見てきたものや実体験が増えるたびに、描ける表情も増えてきたな、とも気づくようになる。それから、とくに大ゴマの人物を描く時なんかは、線の太さの中に、こちらからの絵や作品に対する素直な感情が自然に出てきて、気持ちよく、迫力のある線になってくれる……。そんな中で、だんだん、水墨画のように迫力のある「自分なりの絵を描きたい」と思えるようになったことも、ぼくにとっては割と大きな変化ではありました。

少し前までは、別に「ぼくならではの絵」でなくてもいいや、と思っていたんですよ。これまでの人たちによる記号的な表現を受け継いだものであっても構わない、これはそういう漫画なのだから、と割り切っていたところもあった。でも、このごろはそこがちょっとちがうんですね。これまでのさまざまな人が開発してきた記号的な表現を受け継ぎながらも、ひとつでもふたつでも、過去にはない新しい描き方を、自分らしくつけ足していけたらいいな、とも思うようになったんですね。そう前向きに考えられるようになったことで、この先もがんばっていけるのかな、と、今は思っているところなんですよ。