CHAPTER1:絵について

現実味のもとは「実体験を描くこと」

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『カバチタレ!』文庫版第2巻270~271ページより[Amazon.co.jpへ

──人物や職場を描写するうえでのリアリティは、どのように出しているのでしょうか?

原作・田島隆(以下、田島) ぼくと東風とは従兄弟どうしで、もともと広島の同じ市内で育っていますから、作中に出てくる建物や人物にしても「ドコソコの家の前にあるあのビルみたいにしといて」「アソコの家に住んでた爺さんみたいな顔をイメージして」なんて、ダイレクトに視覚的なイメージを伝えられる。まず、そういう強みがあるんですよ。そのうえで、職場の描写については、ぼくがこれまで30種類近くの仕事をしてきた経験から、その職場ごと、業界ごとにあった独特の空気が読者に伝わるように気をつけています。だからキャラの性格付けにも、その業界に身をおく者ならではの価値観をもたせるよう意識的に設定しています。たとえば「花汗」という花屋の社長が登場したシリーズで、葬儀の祭壇に飾る菊の裏表(花輪の角度)についてこだわるコマがあります。それは花屋ならではの「花を売るだけでなく、花をより美しく見せてなんぼの商売」という価値観を表現したものでした。

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『カバチタレ!』文庫版第4巻99ページより[Amazon.co.jpへ

漫画・東風孝広(以下、東風) 田島さんはいろんな仕事の現場をよく知っているし、ぼくにしても、この仕事をやる前には「何でも屋」みたいなことであちこちの職場に出入りしていた実体験があるんです。清掃作業や害虫駆除なんかの依頼を受けて、『カバチ』シリーズによく出てくる役所や花屋に出入りしたりもしていましたから。漫画に描く時には、細かい部分の備品や門構えについてなどはあとで近所に見に行ってリアリティを出すことも多いですけど、基本的な職場の雰囲気というのは、やっぱり実際に体験したから描けるというのが大きいんですよね。同じような理由で、毎回出てくる依頼者たちの顔は、親戚や知り合いで同じような体験をした人を思い出しながら、やっぱり実体験に根ざして描いています。

ちなみに、作中にいつも出てくる「大野事務所」の関係者たちの顔のデザインは、目、鼻、口など、すべてのパーツがそれぞれかぶらないように、体型についてもシルエットだけで誰だかわかるような絵にしているんですよ。

絵で伝えるのは「迫力」と「感情」

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『カバチタレ!』文庫版第8巻170ページより[Amazon.co.jpへ

──原作、作画の両面からの、漫画の絵に対する考え方をお聞かせください。

田島 漫画って、「読んでおもしろい」というだけではダメだと思うんですよ。「見ておもしろい」とならなきゃいけない。小説よりは映画やテレビドラマに近いメディアですから、法律を使ったストーリーや人間ドラマを思いつくだけでなく、「そのドラマを絵で見せることができるのか」というところまで考えるのが、原作者の仕事だと思っています。そのうえで、シーン設定や演出を考えるときは、絵柄との違和感が出ないか、作画家の作画の癖を踏まえて得意とするカットが描ける設定なのか、反対に苦手なカットをいたずらに要求することにならないか、などを考慮しています。

物語の展開をセリフではなくて絵で見せようとするため、現実の法律相談ではあまりしないような行動をキャラにさせることも多いんですよ。
たとえば、主人公の田村のところに依頼者から電話がかかってくる。それで新しいシリーズがはじまるとしますよね。現実の実務ならば、その電話で一通りの事情を聞いてしまえばいいわけです。でも漫画だと、田村にチラッと時計に目をやらせて「ちょうど今からそちらの近くに外出する予定がありますので、詳しい話は、そのあとでお宅にうかがってお聞きしてもよろしいですか」なんて言わせて、田村を外に出しちゃうんですよ。

そうすれば、のちのち依頼者の家を訪問した時に出てくる近所の環境や家の構え、駐車場に停めてあるクルマ、さらには家に入らせたあとに見えてくる家具や部屋の片付け具合などから、その人がどんな文化に属していてどのような生活をしているのかが具体的に見えてくる。タダでさえ、法律についての理屈が多い作品ですから、依頼者の抱えている事情は、なるべく絵でパッと伝えなければ。それで、家の中にモノが散乱している、あるモノは投げつけられて壊れている、なんていうのを見せたうえで、「ダンナのDVの相談で……」なんて持ちかけられたら、おそらく依頼者の亭主はモノを人や壁に投げつけるほどのかなり粗暴な男で、田村はこれからそんなヤツと対決するのだろうな、という予感まで、ビジュアルでさりげなく伝えられるんです。

東風 キャラクターの線を太く描くことに関しては、もともと、背景を細かく濃く描いていますから、それに負けんようにというので太くしていたんです。ただ、『カバチタレ!』の第7巻(2001年刊行)ぐらいにあたる回を描いているころかな、とにかく現実的に作画が間に合わなくて、筆ペンを使ってみることにして……。ほら、インクって乾くのに時間がかかるけど、筆ペンならすぐ乾燥するじゃないですか(笑)。それで工程におけるムダな時間が減るというので筆ペンを使いはじめて線がより太くなったんですけど、つけペンを使うよりも、明らかになめらかな線になったんですよね。筆ペンなら太さと細さの緩急もつけられるから、同じ太さを引ける太めのペンで描くよりも味がある。それから、太くするために2回、3回と同じ箇所に線を引くのとちがって迷いのない線になるから、気持ちよく、しかも迫力のある絵にできる。ぼくの作風は顔の中にあまり線を描きこまないほうなので、アップにすると画面が白くなりがちなのですが、それでも水墨画のような力強さで画面を「持たせる」こともできるように思えたんですよね。だから、今後も表現するうえで必要ならばいろんな物にチャレンジしていこうと思っています。

筆ペンにしたこともあって、それから『カバチタレ!』の初期からずっとアシスタントをしてくれているスタッフたちの技術の進化というのもあって、今は1週間分、20ページの作画はだいたい24時間、1晩徹夜すればできあがるというスピードにはなりました。それで、毎週の『特上カバチ!!』と隔週の『激昂がんぼ』(「イブニング」で連載中)をほぼ休みなしで続けられているみたいなところがあります。前は3日徹夜してようやく1回分ができあがるというペースで、それでも若いからやれていたけど疲れが溜まって仕方がなかったから、手の止まるムダな工程を極力省くという工夫で、状況はかなりよくなりましたね。