CHAPTER2:ストーリーについて

ヒットの鉱脈は「これまで漫画に描かれていなかったこと」

『課長 島耕作』新装版9巻125ページ

『課長 島耕作』新装版9巻126ページ

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──ストーリーを作る時にポイントにされているのは、どのようなことでしょうか?

弘兼 まだ誰もやっていない分野のストーリーを開拓することです。ぼくが中高年の性を描き始めたのも、これまで映画や小説ではテーマとしてすでに表現されていたけれども、まだ漫画ではあまり描かれていなかった分野だから。小さい頃から漫画に親しんできた団塊世代が高齢になった時、その世代が読みたがるであろうストーリーを作るようにしています。

「これまでなかった」という点では、『島耕作』シリーズは、典型的な日本のサラリーマンの世界をリアルに描いた先行例がなかったので、かなり幸運でした。ぼくは3年ほど、大阪にある松下電器の本社でサラリーマンをやっていましたから、リアルに描くことができました。

本社にいると、それこそ創業者であり当時会長だった松下幸之助さんから始まり、社長、専務、常務などの役員から末端社員に至るまで、会社のほとんどの人間と廊下などですれ違います。歓楽街で有名な大阪の宗右衛門町の宴席に連れて行かれることもあり、上司たちに気を配りながら末席で静かに話を聞く、なんてことも体験するわけです。

そうやって組織の上から下までを観察して、会社というものの全体をつかめたからこそ『課長 島耕作』は描けたのだと思います。生々しいと好評だった、部長時代の中沢の「宴席に呼ばれて、みんなの前でお座敷相撲をとらされる」「大学院まで行ってあくせく勉強したことは何だったんだろう」というセリフだって、アレはぼくが実際に営業の連中から聞いた言葉なんです。リアリティがあって当たり前なんですよね。

取材はリアリティを固めるために

『加治隆介の議』文庫版1巻273ページ

『加治隆介の議』文庫版1巻274ページ

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──未開拓の分野といえば、『加冶隆介の議』で政治をテーマにした際は、どのように取材をしてストーリーを作られたのでしょうか?

弘兼 『島耕作』シリーズでディテールの重要性は痛感していましたからね、国会議員への直接取材ではまず「朝食に何を食うか」「国会が休みの時はどこに行くか、何をしているのか」という日常の取材から始めました。そのうえで、今、日本で起きている問題は何かを考え、いくつかの柱を作って、現実にリンクするようなストーリーを練り上げていったんです。

『加治隆介』の取材で時には報道さえ入り込めない暗部を知れたのは、ひとえに取材現場で仁義を通したからでしょう。当時もすでに報道の世界では週刊誌ばかりか新聞社もオフレコの談話を漏らすなど「何でもあり」の状況だったけれど、こちらは1回限りのスクープをもぎ取るなんてことはせずに、信頼関係を築いて何回も話を聞くというタイプの取材をしていたんですね。

つまり、掲載許可も丁寧に取り、多少おもしろさが削がれても先方からの訂正の要求は愚直に反映させて、情報源は確実に秘匿する。そのことで「アイツはちゃんとしてくれるようだぞ」と相手に認めてもらえば、数回会ううちに、報道関係者に対するよりもグッと踏み込んだ内容を聞かせてもらえるようになるんです。あとは、やはり漫画で育った世代の政治家のみなさんにはかなり好意的に接していただけたってこともあって、あの作品ができたんですね。

ただ、そういうスタンスで取材をしていては、ものすごいネタも時には発表できないなんてこともかなりあるんです。でも、ぼくは漫画家ですからね、ジャーナリストのように「ここでは真実を伝えるために戦わなければ……」なんて思いません。そういう大ネタは、いつかどこか別の分野で、状況に虚構を加えた別の物語の中でいくらでも描くことができるわけでしょう? それこそ、ファクトだけを問うのではないフィクションを描いている人間の持っている強みなんですよ。