CHAPTER1:絵について
漫画の最大の武器は「わかりやすさ」
──絵について、特に気をつけていらっしゃるのはどんなことでしょうか?
弘兼憲史(以下、弘兼) まずは、顔の表情については線を少なめにして描くということを心がけています。だから、大きいアップの絵でも、顔にたくさんの斜線を引いて影を付けるということはあんまりしません。顔に細かく描き込むクセをつけると、小さい顔の表情が描けなくなるでしょう。すると大ゴマばかりの絵になって、広さを感じられなくなります。
広さを感じさせるのは大ゴマではなくて、ひとつのコマの中に小さい人物を入れることなんですね。つまり、アップではなくてロングなんです。シンプルな線で顔を描いていると、ロングのコマに対応しやすいんですよ。
それと、絵とフキダシのバランスについては、リズムを乱さないように、わりと贅沢に絵を前に出すようにしています。つまり、フキダシの数をなるべく抑えるということですね。今の若い人の漫画には、1コマの中で何人ものキャラクターが喋るという描き方もよく見られますが、それは読みにくくさせてしまう危険性もあります。やはり漫画の良さって「読みやすさ」「わかりやすさ」なんですよ。
漫画って、映画とは違ってたくさんの動きは見せられない。BGMを効果的に使うこともできない。小説ほど多くの言葉だって使えない。制約だらけです。ただ、漫画には、たとえば電車の中でもいつでもどこでもスッと開いたらすぐにその世界に入り込める「圧倒的な敷居の低さ」という他にない武器があるんです。その「わかりやすさ」のためには、セリフは削りに削って骨子だけに留める、ムダなセリフは捨てる、というのを心がけています。
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たるんだ腹で、中高年の性をできるだけエロティックに描きたくて
──弘兼さんといえば、中高年女性のエロスを描写するリアリティに定評がありますが……。
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弘兼 まぁ、そのへんに関しては、そういうエロスに愛情を持って描いているということに尽きるんじゃないですかね。「うなじに汗がはりついているところ」とか、「着物を少し着崩している」とか、ほんとにそのへんにいそうなおばさんの何気ないしぐさも「……お、コレは萌えるな」なんて思って、常日頃から観察しています。
そして、中高年の身体の線についてはできるだけリアルに、できるだけいやらしく描きたい。だから参考資料に野村沙知代さんの写真集まで購入するほどで、おかげでたるんだ腹に微妙なニュアンスを付ける線の引き方なんてのもすごくうまくなりました(笑)。ぼくは必要があれば老女の性やヌードもよく描きますけれども、ご高齢の女優さん はなかなかそういう演技はされないので、テレビや映画では高齢者のベッドシーンはなかなか観られない。僕の作品は漫画だからこそできる、映像にできない分野を開拓しているのかなとも自負しています。きれいな身体の裸より、たるんだ身体のほうが身近に感じられて、よりエロティックになるんですね。
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