CHAPTER4:仕事論

双子の弟がいたから漫画の仕事を続けてこられた

『ジパング』41巻68〜69ページより

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──大ヒット作を出すまでに長い不遇の時代も過ごされています。なぜ、漫画をやめないで続けることができたのでしょうか?

かわぐち ずっと好きなモノを描いてきたので、不遇だったとは思っていませんが、ひとつ大きかったのは、双子の弟がいたこと。いま、弟は故郷の尾道で商売をしているのですが、一時期、どちらがオヤジの商売を継ぐのかで話しあったんです。そりゃあおたがい、東京で好きなことをしているほうがよかった。でも、親はそのままにはしておけないよなぁという暗黙の了解もあった。双子に生まれたら関係は同等だから、一緒に商売をするならどちらを「主」にするかでモメてしまうわけでしょう? だから「どちらかひとりが尾道で商売を継ぐんだ」ということは、言わず語らず、どちらも意識はしていたんです。

それで、いよいよどちらかに決めなければならない時期がやってきた。弟との間には「どちらがどうする」というちょっとした論争があって、結果としては弟が帰ることになった。納得していなかった弟をムリに帰してしまったようなところもあった。

そのあと、ぼくはなかなか漫画での結果が出なかったのですけど、結果の出ないまま、漫画の世界で何もやらないままで終わってしまうことは、自分は何よりも弟に対して「それだけはデキないなぁ……」とずっと思っていたんです。だから、せめて描きたい漫画を描いていこう、と。

「弟がいる」という支えみたいなものがなかったら、ぼくはそのまま終わっていたのかもしれません。金銭的・状況的に苦しい時でも漫画を描き続けていられたのは「同じように漫画が好きだったのに、弟はひとりだけ漫画をやめてオヤジの跡を継いだ」ということに申し訳ないと思っていたからでしょう。仕事が軌道に乗らないうちは、弟に対して「負けた」ことになる。いつも、それは悔しいなぁ、負けたくないなぁと思って漫画を描いていました。

漫画をほんとうに好きであれば、追い詰められてもハードルを越えられる

『ジパング』21巻68ページより

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──連載漫画家としての仕事を続けるために、最も求められる資質とは何でしょうか?

かわぐち 「絵を描くのが好きである」ということ。単純ですけど、継続するためにはこれがいちばんではないでしょうか? 経験上、背景などを描いてくれるアシスタントのスタッフもそうなのですが、「何よりも絵を描くことが好きである」という人であるなら、次から次へと出てくるいろいろなハードルをクリアできるように感じています。

絵を描くことが好きなのか。それとも、絵を描いている自分が好きなのか。そういう、試金石になるような分岐点があるのです。後者はなかなかハードルを越えていけないのだけれど、前者は何よりもまずガマンができて仕事を投げないから、いつしかそういうハードルを越えていける。

絵を描いている自分が好きというだけでは、追い詰められたら絵を描くことがどうしても苦しくなるんです。しかも、苦痛に満ちた局面は、この仕事をしていたらいくらでもやってくるもの。だから、絵を心底好きでなければ、やってられないなぁと思って続けていけなくなるのでしょう。

このへんのことは、新人時代にはなかなかわからないのかもしれません。新人賞に投稿している時点では時間的にも精神的にも割と余裕を持って漫画を描けて、追い詰められていないですから。

でも、連載なんて持ったら「かならず」追い詰められるでしょう? そうなれば、絵を描くことがほんとうに好きでなければ、どこかのところで耐えられなくなる。このことは、実際に相当キツい作業を追い詰められてやるという経験からしかわからないけれども、漫画の仕事を続けていくのならば絶対に越えなければならない分岐点なのではないでしょうか。

苦しくても逃げないで「まぁ、好きなのだから仕方がないだろう」と踏み留まって漫画を描く。ぼくはいまも、絵に取りかかったら一日に15時間や16時間は座って絵を描いているわけです。週刊連載をしていれば、一週間のうち2日や3日はそうして「食事と睡眠時間以外は仕事だけをおこなう」という生活が延々と続いていく。だから、よほど好きでもなければ、ね。この仕事を続けるために必要な資質は、単純に言うなら「それだけ」でしょう。

苦しみに負けて漫画家がラクな道を選んでしまえば、読者はすぐにそれを感じ取るはずです。

そもそも、どういう描線を描くのかという「選択」で漫画はできていて、読者はそういう作者の「選択」を信頼して漫画を読みはじめるわけで、その描線における感覚の交流を楽しみにしているわけです。漫画家が一生懸命にその「一本の線」を選んでいない、とか、他の人に描いてもらっている、とかいうことになってしまえば、すぐに「選択」の底の浅さを見破られて、他のもっと厚みのある表現に読者は集中するのではないでしょうか?

ぼくがこうして仕事を続けていられるのは、まがりなりにもそういう「一本の線の選択」を、そのつど苦しみながらも大事にしてきたからなのではないかなぁ。

冷静に判断ができなくなるのも「人間」

『ジパング』8巻47ページより

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──最後に、9年以上の長期連載『ジパング』を描き終えた時、太平洋戦争を描き続けた上で痛感したことについて聞かせていただけますか?

かわぐち いまだったら、「なぜ、あんなバカなことをしたのか」と言われるあの戦争も、いろいろな史料を読んで、また、読者と一緒に体験をするようにあらためて描き続けてみたら、あの時点で「バカなこと」と思うことは不可能だったのだなと痛感したんです。

当時の日本人はアメリカとの戦力差について冷静な判断ができなかった。何人かその戦力差を知っていた人がいたにもかかわらず、日本は戦争に踏みきった。これはむしろ「冷静な判断をさせなかった何かがあったこと」こそがあの時代を調べるポイントだなと思うようになりました。それは、いまに至るまで続いている、日本人の中でクセになった行動原理でもあるはずなんです。

『ジパング』の中には、直接ではないけれどもそうした行動原理について考えたことも描きこみました。

なぜ、日本人は歴史の転換点において冷静な判断ができなかったのか。それは……感情的な問題なのでしょう。

江戸から明治にかけて、西洋諸国から強引に外交を迫られた。仲間になるか属国になるかと言われたようなものだから、必死になって西洋諸国の仲間になろうとした。ところが、そこに「負けた」「強引に押しきられた」という感情的な負債と言うかキズみたいなものが生まれてしまった。

そうでありながらも、西洋文明のスタンダードな文化や慣習を吸収していった。そういう屈折した感情を抱えたからこそ日本人は頭にきていて、冷静な判断ができなくなっていった——。ただ、時にはそのように冷静な判断ができなくなることもあってはじめて血の通った人間であって、そうした人間の集まった国家というものも充分に感情的になりうるのである、なんてことを考えて描いていましたね。