CHAPTER3:コマ割りについて

ワク線が「緊張感」を生み出す

『沈黙の艦隊』文庫版11巻208ページより

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──「緊張感」を発生させるためのコマ割りの技術とは、どのようなものなのでしょうか?

かわぐち いまの若い人の描く漫画とぼくの描く漫画とは、すこし技術的にちがうところがあります。それは、ぼくが「劇画」の手法で表現されるものが好きだからなのですね。「劇画」で表現されるものというのは……ひとことで言うなら、それは「緊張感」。コマとコマの間を緊張させることこそ、「劇画」の手法が目指すところなんです。

「劇画」の表現においては、コマとコマの間に「緊張感」がなければ、ワク線で仕切られている意味がなくなります。

まず、漫画のページをめくりますよね。すると右上に1コマ目が出てくるけど、まず、そのコマが何のためにあるのかという意味が必要なんです。その1コマ目にストーリー上において重要な意味があるほど、次のコマとの間に緊張感が発生していく。それがコマ割りにリズムを与えてくれるわけです。だから、はじめにやるべきことは「1コマ目の意味をどれだけわかりやすくできるのか?」なのですね。

その1コマ目を描く技術について、「モーニング」初代編集長の栗原さんはかつて「ピントを合わせる」という言葉を使っていました。1コマ目が何のためにあるのかについて、まずは物語における意味としてのピントを合わせる。すると、そのコマを受けた次のコマもいい形で続いていくんです。

1コマ目で、ある人物が決定的なことを言うとしましょう。すると決定的なことを言う力に満ちた描写に対してピントを合わせれば合わせるほど、次のコマに出てくる「発言を聞いている人物」も強い意味を持ってくる。そのように「緊張感」という「つなぎ」によって、コマとコマがおたがいに重力を持って引きあうことこそが、まずは「劇画」の手法の基本と言えるのでしょう。

「コマ割りの技術」は、「読みやすさ」の技術

『沈黙の艦隊』文庫版15巻446〜447ページより

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──他の漫画家のコマ割りの技術について、かわぐちさんが「これはすごいな」と思える漫画はどういうものでしょうか?

かわぐち 30年、40年とずっと生き残ってきた人の漫画を見れば、それぞれ流儀はちがうけれど、読者に必要とされ続けただけの力をいつも感じます。はっきりと言語化はしていないのかもしれないですが、それぞれ、「これだ!」というものすごい技術を意識的に使っているわけです。

それを持っていなければ読まれ続けないという技術は、まずは「読みやすさ」の技術で、これについてはたとえば弘兼憲史さんの漫画を見ると、「すごい技術だなぁ」といつも驚かされます。弘兼さんの場合には、人間をどう描写するのかというだけではなくて、どう見せて伝えるのかという点においてかなり細かい技術をこめて漫画を描いている。ぼくとは技術や神経を注ぐところがちがうけれど、いつも「どうしてそんなに読みやすくできるのですか?」と質問をしたくなります。

「コマ割りの技術」と「それによって生まれるリズム」については、それぞれの人の生理に根ざしたところがあるから、単純にスパッとアドバイスをすることはできません。

いまの若い人の漫画の中にはさっき言った「ピントを合わせる」の逆をしているものもあります。むしろ一コマの中にいろいろな要素を詰めこんで楽しそうに描いている、という漫画ですね。だから、このコマ割りの技術については、おたがいに参考にすることはできても、教えることはなかなかできません。

もしもある人の漫画を読みこんでみて「この人は自分と似たようなポイントを狙った漫画を描いているんだな」とわかればアドバイスはできるのだけど、そうでもなければ、それぞれの生理に根ざしたコマ割りについては、他人の生理をムリに改造はできないのでアドバイスすることは難しいですよね。だからぼくも、新人賞などでのアドバイスは、大半が「思いこみ」や「ケアレスミス」についての指摘に留まっているのです。