CHAPTER1:絵について

目を大きく描くことにより感情を表現できるようになった

『沈黙の艦隊』文庫版11巻190ページより

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──かわぐちさんの漫画からは、登場人物の顔や目が非常に大きく描かれているという印象を受けました。

かわぐち ぼくが漫画を描く時には「顔を描きたい」という思いがまずあります。だから、初期の頃は今より顔を大きく描いていた。そうすると、5頭身くらいだからバランスが悪い。だけど顔を小さくはしたくない。やはり、表情は大きく描きたいですから。そのため、『沈黙の艦隊』の頃から「顔は小さくしないまま体を大きくする」ことにしました。だから、人物の体は連載が進むにつれてだんだん大きくなっていきましたね。

『ジパング』13巻139ページより

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また、初期の頃には人物の目をとても小さく描いていました。その時期には「劇画」と言われる形式で漫画を描いていたから、リアリティのある絵ほど「よし」としていて、主張しない目のほうが、リアリティがあると思っていました。ただ、「モーニング」で連載をはじめる頃、創刊編集長だった栗原良幸さんから、唯一、絵について注文を受けたのがその「目の描き方」でした。

「ぼくはこれまで少年漫画誌の編集をしてきて、少年漫画の良さは大きい目の中に感情が宿ることだと思っているんだ。かわぐちさんにも、今回はそういう表現をしてもらいたい。人物の目をもっと大きく描いてくれないだろうか?」

栗原さんにそう言われた直後は抵抗があってすぐには実行できなかったけれども、そのうち意識的にすこしずつ目を大きく描いてみたら……確かに、リアリズムの表現だけではない感情を描けるようになったんです。「なるほどな」と。そうしてだんだんぼくの描く目は、『ジパング』ぐらいの大きさになっていきました。

「顔のアップ」の切り返しで人間性を表現した

──そうしたリアリズムの表現だけではない「目や顔の表現」ができたコマを、具体的に解説していただけますか?

『ジパング』8巻48〜49ページより

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かわぐち このコマです。『ジパング』の満州編での、宣統帝溥儀を真ん中に置いて草加と角松が拳銃を向けあうシーンですね。ここでは、歴史の重要な転換点において、「拳銃を撃ってしまう」草加と「拳銃を撃てない」角松の対照性を、顔のアップの切り返しをした時の表情であらわしているんです。このコマで、それぞれの人間性まで表現しました。

草加と角松のふたりには、ひとことでは言えない関係性があるんですね。愛情も憎悪も同時に抱えている。すばらしさを認めあって信頼している側面もあるけれど、立場や行動の側面では敵対関係にある。ですから、それぞれの場面におけるふたりの関係性については、かなり細かく神経を使って伝えなければならなかった。ここでは敵対関係にありますが、他の場面では「草加は角松に対して優しい気持ちを持っているな」と思うところもあり、ふたりの関係は描いていて楽しかった部分でもありますね。

主人公に喋らせず人間性に幅を持たせる

──そのように顔や目によって人物の感情を表現しているからこそ、『沈黙の艦隊』の海江田や『ジパング』の草加など、主要な人物にほとんど話をさせないという演出をされているのでしょうか? 短いセリフを発することで、それぞれの存在の「厚み」や「深み」がグンと増しているように思えるのですが。

『沈黙の艦隊』文庫版11巻460〜461ページより

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かわぐち ぼくの考えですが、主人公はあんまり喋らないほうがカッコイイんです。方程式における“エックス”のように「わからないもの」であるべきなんですね。そのことによって、人物の中味や振れ幅にボリュームができてくる。だから感情の吐露なんてやらせないで、顔や目で語らせることを意識しています。

そして、そうした人物はまわりとの距離や関係によって魅力が浮かびあがるもの。集団の中にいるそうした人物を魅力的に描きたければ、たとえば『ジパング』であるならまずはたくさんの人物を出し、洋上艦における役割分担を描くことによって、戦闘する組織そのものを魅力的に描くべきなんです。

そうすることによって、『ジパング』のキャラクター配置自体は映画などでも用いられるオーソドックスなものですが、キャラクターに魅力が出てくるのです。

また、『ジパング』の海や波や洋上艦の絵の表現については、スタッフたちに「この漫画で読者にいちばん見せたいものは『洋上艦に乗っている感覚』なんだ!」と徹底的に伝えていました。洋上艦の中の組織を魅力的に描きたければ、まずは洋上艦そのものをリアルに見せなければならない。そして、読者にリアルに洋上艦に乗っている感覚を伝えるためには、海や波の表現もシンプルなものでは済まなくなるんです。

それから、人物の目の描写についてぼくがとくに大切にしているのは「不安を感じている時の目つき」です。人間は不安を感じている対象にこそ同時に魅力も感じるのではないでしょうか? このあたりは、自分が題材を選択する時にも基準にしていることなので、「ストーリー」の項で話をしましょう。