この現代に、妥協や幻想ではない「希望」を求めて

——娯楽性を追求する一方で、『ドーン』の内容は、生き抜くことについて今の時代に引きつけて考えさせられる、深い濃いものでもありました。

平野 今は世界不況の渦中にあって、誰もが「今の時代に問題があるのはわかった。ではどうすればいいのか。従来の価値が崩壊したけれど、では何のために生きればいいのか」という問いに晒されています。今、そこに対応した小説を書かなければ、僕自身も一歩も前に進めない気がしていました。しかもミステリーとしても面白く、ページをめくる手が止まらないような小説を、と。時代に閉塞を感じている人にこそ、深く、面白く読んでもらいたいと思っていました。

——重大なミスをした後の人生を、どう過ごして生きていくかという問題が、切実に丁寧に書き込まれてもいます。

平野 近年、テレビで謝罪会見を何十回も見させられていますよね。そこで頭を下げたらもう後の人生がないかのように処理されていることに、抵抗を感じていました。マゾヒスティックに自分の傷を晒してボロボロになることで社会に許してもらう——人が人のミスを受容するのは、そんな構図からだけではないでしょう? ミスをした側には責務もあるけど、人生が滅茶苦茶になるまでの謝罪はしなくていいのでは……。そのあたりを丁寧に考えるというのが、今回の小説全体のテーマでもありました。

——それもまた、時代の閉塞のひとつでしょうか。

平野啓一郎

平野 自分について考えたときに、通俗的なトラウマ説にとらわれて、「親がああだった」「環境がこうだった」と過去と現在の因果関係のみに自分を閉じこめて、未来の可能性を奪われてしまっている人が多いのではないかと『決壊』を書きながら感じたんです。そうした過去の理解の仕方が、日本の社会全体を覆っているように思います。でも、そうやって過去にがんじがらめに縛られているのは、小説でいったらまだ全体の三分の一の時点で「もうおしまいだ」と絶望感に浸っているようなもの。小説の後半側から見れば、つまり現在を未来から見れば、目詰まりを起こしているかに見える状況も動き出すのではないか——そう考えたことも、今回の小説の舞台を近未来に設定した理由のひとつなんです。ミスをしてイヤになる。何のために生きているかわからなくなる。でも、もしも今日と明日がつながっていれば、「今日は死ねない」となるはずですから。この小説では、その「生きたい」と思える今日を、探したんです。人とのつながりや、偶然見かけた光景といった、合理性だけではない恩寵のようなものと交わらなければ人間の回復はないのではないか。そこも含めて丁寧に描くことに集中しました。妥協や幻想ではない希望を求めている人にこそ、ぜひ、読んでいただきたい小説なんです。

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平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

1975年愛知県生まれ。京都大学法学部卒。1998年「日蝕」でデビュー、同作が第120回芥川賞を受賞。著書に『一月物語』『文明の憂鬱』『葬送』『高瀬川』『滴り落ちる時計たちの波紋』『顔のない裸体たち』『ウェブ人間論』(梅田望夫との共著)『あなたが、いなかった、あなた』『モノローグ』『ディアローグ』『決壊』(芸術選奨新人賞受賞)『小説の読み方 感想が語れる着眼点』などがある。

平野啓一郎最新刊『ドーン』講談社/1,890円(税込)

2033年、人類で初めて火星に降り立った宇宙飛行士・佐野明日人。しかし、宇宙船「DAWN」の中ではある事件が起きていた。世界的英雄となった明日人を巻き込む人類史を揺るがす秘密とは?