『日蝕』『葬送』と、濃く重く深く文学を突き詰めてきた平野啓一郎は、昨年発表の『決壊』以降読者にグッと前のめりになり、事件や殺人などエンタテインメント性も前に出した作品を発表している。2033年、近未来の日本人飛行士を描いた新作『ドーン』は、その系列で書かれた現時点までの平野作品の最高傑作と言えるだろう。物語にひきこまれ、ミステリーと近未来の世界観にドキドキさせられ、読後に「生きること」について考えさせられる。そんな長編の執筆過程を伺った。(木村俊介)

平野啓一郎がエンタテインメント作家に!?

平野啓一郎

——最新刊の『ドーン』は、結末に語られる希望が素晴らしいですね。これまでの平野さんの作品とまるで違う読後感だと思うのですが。

平野 前作の『決壊』を発表して痛感したのは、どんなに必然があっても、読後感がネガティブな作品は、ウェブやブログなどの読者推薦のサーキットに載せられにくいということでした。現代社会の問題が克明に描いてあれば、数千人や数万人には正当に評価されますが、結末に希望がなければさらに大多数の読者にはなかなか届かないと感じたんです。そこで『ドーン』では、『決壊』で問題提起した社会の矛盾や問題に、具体的にどのように希望を見つけられるのかを追求していきました。

——なぜ今回、そこまで「多数の読者」を意識されているのでしょう?

平野 小説、音楽、映画、漫画……そういったジャンルの作品は、科学や現代美術のように「一部の専門家に評価されていれば成立する」というものとは違っています。薄利多売の表現だから、個人の探究をポンと投げただけでは通じない。例えばマイルス・デイヴィスのアウトテイク音源を聴いても、「アイディアは凄いけど、このままでは名盤にならなかっただろう」と、テオ・マセロ(※プロデューサー)の偉大さを感じさせられます。マイケル・ジャクソンにさえクインシー・ジョーンズとのコンビネーションが必要だったように、個人でできることには自ずと限界がある気がします。そこにはプロデューサーという他人の視点も必要だったんですね。小説も、そういった音楽や、あるいは映画や漫画のように、他人の視線を導入しながらでないと、特に今回のような未知の世界を舞台にしたものは、大勢の人たちに面白がってもらえないのではないかと思ったんです。

——実際にそういうスタイルで執筆されたということですか?

平野 『決壊』の頃から個人的にも意識が出てきたんですが、ちょうどその頃、漫画編集や映画製作の方々から「内容はこれまで同様に深め、同時にさらに大勢の読者に伝わる作品をやりませんか」というアプローチを受けていたんです。それで今回の『ドーン』は、漫画編集出身の編集者にも相談しながら書きました。僕は大体、「CIA」が出てくるような話とかって、文学に馴染まない感じがしてたんですけど(笑)、今回は大統領選まで含めて、これまでの僕の小説にはなかった要素をかなり大胆にいろいろと取り入れました。

——しかも、宇宙を舞台に日本人宇宙飛行士が世界的なスキャンダルに巻き込まれたりと、ハラハラドキドキの近未来小説になりました。画像解析の技術が高まれば高まるほど、人の“顔”の重要性が増して、整形社会になっていくという展開など、リアルで面白かったです。

平野 顔認証の精度がどんどん向上していく近未来において、「顔認証検索」がネットで大規模になされるようになったとき、はたして監視社会や管理社会はどうなるのか、そういう未来予測も組み込みました。

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平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

1975年愛知県生まれ。京都大学法学部卒。1998年「日蝕」でデビュー、同作が第120回芥川賞を受賞。著書に『一月物語』『文明の憂鬱』『葬送』『高瀬川』『滴り落ちる時計たちの波紋』『顔のない裸体たち』『ウェブ人間論』(梅田望夫との共著)『あなたが、いなかった、あなた』『モノローグ』『ディアローグ』『決壊』(芸術選奨新人賞受賞)『小説の読み方 感想が語れる着眼点』などがある。

平野啓一郎最新刊『ドーン』講談社/1,890円(税込)

2033年、人類で初めて火星に降り立った宇宙飛行士・佐野明日人。しかし、宇宙船「DAWN」の中ではある事件が起きていた。世界的英雄となった明日人を巻き込む人類史を揺るがす秘密とは?