ジョーのラストを描いて迷いが消えた

30年にわたり「ちばてつや賞」審査委員長を務めてきたちばてつや先生。 インタビュー企画の第3回は、『あしたのジョー』連載中のちば先生の葛藤と、ジョーへの思いがわかる貴重な話が満載。
新人時代に体感したという「運動」の大切さ、世界に広がるマンガの可能性についてもたっぷりと語ってもらった。

マンガのことを忘れる時間も必要です

ちばてつや先生4

ちば先生が「マンガ専攻」の教授を務める文星芸術大学にて。どの教室に行っても、生徒たちの名前を呼び、気さくに話しかけていた。

      
マンガ家にとって大事なことは、「机にしがみつく根気」というセリフが『練馬のイタチ』に出てきました。聞くだけでも辛そうですが、やはり大事なのでしょうか。
ちば先生
すごく大事です。私は、机にしがみつくのは辛くないんだけどね。子供の頃にいた満州では冬は零下20度になるから、家でずっと童話の挿絵を描いたりして過ごしていた。だから籠るのは平気なの。
      
まさにマンガ家向きといいますか……。
ちば先生
いやあ、平気過ぎて、プロになってからも籠って仕事をしていたら、病気になってしまった。寝ようとすると背中に虫が這うみたいな感触がして、布団に入るのが怖くてねえ。2年くらい続きました。

ちばてつや先生5

文星芸術大学の教授室では、「この場合の髪型は」など具体的に指導。この後、初めて作品を完成させた生徒が来ると「いつかこの作品を読み返してごらん。君の描きたいものが詰まっているから。よく完成させたね」と肩を叩いた。

      
どうやって治したのですか?
ちば先生
運動したら、いっぺんで治っちゃった。野球マンガを描いていたんだけど私が野球を全然知らないから、編集者とキャッチボールすることになってね。2月で寒いのにすごい量の汗が出た!その夜は背中の虫が消えて、深くどーんと眠れました。短い時間でも、眼が覚めたらすっきり。
      
汗をかいたのがよかったのでしょうか。
ちば先生
熱い汗をね。いつもは締め切りに追われるし、編集者からは怒られるし、冷や汗ばっかりだから(笑)。それに、仕事もはかどるようになった。迷って描けなかった原稿をキャッチボールの後で見直したら、サラサラッと進んで。手は久々の運動で震えてたけど、頭はクリア。すぐ松本零士さんに「マンガ家は野球をやらなくちゃだめだ!」って電話した(笑)。その時作った野球チームは、もう結成50年になるね。今マンガを教えている大学の生徒たちにも「一日一回は熱い汗をかけ」って言っています。大学の玄関にはボールとグローブ、バドミントンの道具も置いてありますよ。
      
じっと机にしがみつくことと体を動かすこと、両方が大事なんですね。
ちば先生
そうしないと、マンガ家として長持ちしないと思う。マンガのことを忘れる時間も必要。散歩くらいの運動では、結局マンガのことを考えてしまうけど、キャッチボールだと飛んでくるボールのことで頭がいっぱいになる(笑)。作品のことを一度忘れることができれば、読者の気持ちになって客観的に読み返せますからね。

自問自答する気持ちをジョーに託した

あしたのジョーのコミック

ちば先生が「どうしても描きたかった」というジョーと紀子の、たった一度のデートの場面。楽しい時間を過ごしたふたりだが、ボクシングに命をかけるジョーと、それについていけない紀子、互いの道がどうしても交わらないことが明白に。そしてデートは苦い終わりを迎えるのだった……。

      
先日、あるインタビューで、どんな仕事でも「命をかけ、削るような時期というのがある」と話していらっしゃいましたね。
ちば先生
特に週刊連載をしていたときは一週一週、命を削るつもりで描いていました。『あしたのジョー』は、ラストを描き上げたときに、そこでコトンと死んでもいいかなっていうくらいの気持ちでしたね。
      
命をかけてボクシングをしているジョーには、共感する部分が多かったのでは。
ちば先生
そうですね。当時私は30歳くらいだったんだけど、高度成長で日本が元気になっている時代で、若者たちはレジャーを楽しんでいた。それなのに私は野球をする以外は家でマンガばっかり描いて、「お前は後悔しないのか?」って自問自答。その気持ちを、ジョーに託したんでしょうね。 でね、『あしたのジョー』の中で一回だけ、ジョーと紀子っていう乾物屋さんの女の子とのデートを描いた。ジョーにデートさせてやりたくてねえ。紀子は私の好きなタイプだし(笑)。その時紀子に、みんなは青春を謳歌しているのに殴りあうだけの生活で満足してるの? みたいなセリフを言わせたんです。それにジョーがくそまじめに答える。「そこいらのれんじゅうみたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない ほんのしゅんかんにせよ まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ そしてあとにはまっ白な灰だけがのこる」。
      
それは、ご自身の思いが重なったセリフだったんですね。
ちば先生
これでいい、マンガを描けば、遊んで得るのとは次元の違う充実感を得られるんだと、描きながら自分に言い聞かせていたのかもしれない。この時のセリフが元になって、ラストのジョーが「まっ白な灰」になる場面が描けた。それ以降、マンガ家としての人生に迷いはなくなりました。
      
今、迷いの中にいる、新人やちばてつや賞応募者にメッセージをいただけますか。
ちば先生
若い時は好きな人もできるだろうし、あれを食べたいとか、あそこに行きたいとかいろんな欲望があって迷うし、苦しいと思う。それに新人の頃って、一つの作品を仕上げるのに何カ月もかけたりするでしょう。それなのに、読まれる時間はたった3分、なんてがっかりすることもあると思う。でも、もし1万人の人が読んでくれたら、それは3万分もの時間になるんですよね。いい作品を描けば単行本になって、アニメになるかもしれないし、ハリウッドが原作として買いに来るかもしれない。ただの紙っぺらが、世界中の人が拍手で迎えてくれるものになる。マンガは、そんな素晴らしい可能性を持った媒体だということをみんなに伝えたいです。

第2回ゆっくりでもいい描き上げることが大事 第4回ちばてつや作品はこうして生まれる

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プロフィール

ちばてつや

1939年東京都生まれ。56年にプロマンガ家としてデビュー。以後、『ちかいの魔球』(61年)、『あしたのジョー』(68年)、『のたり松太郎』(73年)、『おれは鉄平』(73年)、『あした天気になあれ』(81年)など、多数のヒット作を手がける。05年より文星芸術大学にてマンガ専攻教授を務めるなど、積極的に後進の育成も行う。09年にはマンガ界の発展に大きく寄与したとして、講談社漫画賞の講談社創業100周年記念特別賞を受賞。社団法人漫画家協会常任理事。

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