ゆっくりでもいい。描きあげることが大事

30年にわたり「ちばてつや賞」審査委員長を務める、ちばてつや先生。
応募者への熱い思いを語った第1回に続いて、今回は新人が抱えやすい悩みに、具体的なアドバイスを。
また、自身が少女誌連載中の「修行時代」に得た経験を、楽しいエピソードを交えて語ってくれた。

俳句を一句ひねるつもりで短編を

      
新人の場合、マンガの題材として、身近なものを選ぶ人が多いようですね。
ちば先生
そうですね。最初はそれでいいと思いますよ。
      
一方で、ファンタジーのように設定が壮大なものを、自分でも消化しきれないまま描いてしまうこともよくあるような気がします。
ちば先生
今、大学でマンガを教えているんだけど、生徒にファンタジーを描く人がとても多くて。でもファンタジーというのはまず世界の成り立ちを説明する必要があるから、それだけでページが終わってしまうことも多い。あるいは大学4年間をかけて数百ページ描くような大作になってしまって、なかなか描き終わらないこともあるんですよ。新人のうちはまず短編で勝負しなければいけないのに。
だから生徒や新人には、それはそれで描きながら、別の身近な題材で16とか20ページで1本描き上げてごらん、と言うようにしています。俳句を一句ひねるつもりで、詩を一編書くつもりで描くと短編にはちょうどいいよ、と。

描き上げなければ作品の価値は決められない

ちばてつや先生2

屋根裏にある秘密基地のような仕事場の奥には、仮眠用のベッドが。時には寝ころんで本を読みながらリラックス(実演してくださいました!)。

      
とにかく作品を完成させることが大事なんですね。
ちば先生
一番大事です。描き上げさえすれば、編集さんとか友だちに見せて感想も聞ける。1作描き上げると、ぽんと進歩することは間違いないんだけど……描いている途中で自信をなくして、いやになってしまう人が多い。
確かにマンガを最後まで描くのはすごく労力がいることなんだけど、途中で描くのをやめてしまう人を見るとすごく残念でね。「描き上げられない症候群」みたいな、へんなクセもつく。描き上げて人に評価されるのがこわいという気持ちもあるんでしょう。
私も新人の頃は「もしかしたらこれは紙くずなんじゃないか。だったら人に見せたくない」と思ったりしましたよ。でも小説でも映画でも、何かを作るときにはそれが本当に「いい作品なのか」「価値があるのか」なんて、作者にはわからないんです。とにかく作品を完成させて人に見てもらわないことには、価値は決められない。ペースは人によって違うので、ゆっくりでもいいからなんとかマンガを描き上げてほしいといつも思っています。

自問自答する気持ちをジョーに託した

      
ほかに、生徒やちばてつや賞応募者の作品を見ていて、思うことはありますか。
ちば先生
できれば「自分」の悩みを描くだけでなく、「人間」の悩みや生き様を描くようになってほしいなと思います。
今回最終選考に残った作品の中にも、私小説とか日記のようなマンガがいくつかあって。それはひとつのジャンルとしてあっていいし、私も好きです。ただせっかく画力や演出力があるんだから、今度はまったく別の世界を創作してみるのもいいんじゃないかと。自分のことだけ描いていると、作品の大きさに限りが出てきてしまうからね。
      
ちば先生の場合は、どうやって別の世界のことを描けるようになったのですか。
ちば先生
私は最初の連載が少女誌だったから、すぐに自分とは違う世界のことを描かなければならなかったんですよ。兄弟は男ばかりだし、女の人のことが全然わからないのがつらくてねえ。ファッション誌とか、デザインの本を見て、女の子の髪型をおさげにしてみたり、服にレースをひらひらとつけてみたり、一生懸命研究した。そのおかげでだんだん女の子が描けるようになっていったんです。
そういえば、手塚治虫さんにしても、石ノ森章太郎さんにしても、何人かのすばらしい作家って、ちょっと女性っぽいところがあるんですよ(笑)。
      
ちば先生にも、女性っぽいところが?
ちば先生
やっぱり少し、ねえ(笑)。里中満智子さんは私のマンガを見て「この、ちばてつやという人は絶対女だ!」って言っていたそうです(笑)。自分にもどこかかそういうところがあるのかなって、嬉しかった。
もし最初から少年誌で描いていたら、いまだに女の子を描くのが苦手なマンガ家のままだったと思うし、偏った世界を描いていたと思う。少女マンガだけじゃなくて少年マンガや青年マンガでも、ドラマを描こうと思ったら女の人は登場しますから。そのときに女の人の気持ちが描けないのは困るからね。
大変だったけど、少女誌で連載していた頃というのは、マンガ家としてすごくいい修行時代だったと思います。

第1回賞をとった人の運命は大きく変わりますから 第3回ジョーのラストを描いて迷いが消えた

1 | 2 | 3 | 4

プロフィール

ちばてつや

1939年東京都生まれ。56年にプロマンガ家としてデビュー。以後、『ちかいの魔球』(61年)、『あしたのジョー』(68年)、『のたり松太郎』(73年)、『おれは鉄平』(73年)、『あした天気になあれ』(81年)など、多数のヒット作を手がける。05年より文星芸術大学にてマンガ専攻教授を務めるなど、積極的に後進の育成も行う。09年にはマンガ界の発展に大きく寄与したとして、講談社漫画賞の講談社創業100周年記念特別賞を受賞。社団法人漫画家協会常任理事。

ちばてつやヒストリー2

『ママのバイオリン』

ママのバイオリン表紙

1958年から59年まで「少女クラブ」にて連載された少女マンガ作品。連載中にちば先生が怪我をした際、赤塚不二夫らトキワ荘のメンバーが代筆したことでも話題に(このエピソードは08年「ヤングマガジン」に掲載の「トモガキ」で描かれている)。
ママから受け継いだバイオリンを弾くのが大好きなまなみ。だが、ある事件をきっかけにママを失ってしまう……。次々と試練が襲うなか、多くの人々に助けられて、まなみはバイオリニストの道を歩き始める。
まなみを始め親友のアメリカ人・マリアンヌら、少女読者の心をつかむかわいらしい女の子たちが登場。まなみのポニーテールや広がるスカートなどファッションにもご注目。

第60回ちばてつや賞ただいま作品募集中
ちば先生の講評が読める。過去の受賞結果はこちら