ちばてつや賞一般部門の最終選考はちばてつや先生をお迎えして行われます。
時間をかけて一作一作丁寧に読んでくださったちば先生のコメントを聞き、その上で作品の担当編集は、自分の担当作品をちば先生にアピールします。
そのほかの各編集部員は、疑問点などをちば先生に質問。活発な議論が交わされます。
『バックトゥザ農業』安里千春(沖縄県・28歳)

- ●ちば先生
- 絵もキャラも魅力があるけど詰めこみすぎだったかな。絞って描いた方が良かったのかもね。
- ●担当編集者
- 沖縄で実際に農業をやっている方で、非常に陽気で前向きなパワーがあります。ただ誰かを楽しませたいという気持ちが旺盛すぎて、詰めこみすぎてしまったみたいです。今までの作品を読んだのですが、今回の応募作よりも数倍詰めこみすぎていたんです(笑)。
- ●ちば先生
- いわゆるシノプシスみたいなのは作らないの?
- ●担当編集者
- 最初は作っていたようなのですが、作品がこぢんまりして勢いがなくなるということで今は作っていないようです。
- ●ちば先生
- じゃあ1コマ1コマ考えながら作っていくんだ。農家だから「害虫が敵」って感覚はリアルなんだね。都会の人間が気がつかない、ちょっとしたエピソードで充分勝負できるはずなのに、タイムマシンとかの設定があってテーマがぼやけてしまっているんだよね。
- ●担当編集者
- どのコマも盛り上げようとして、いつもアクセル全開ですし、すべての信号が青になっているので、交通整理をしてあげるとよくなるかと(笑)。
- ●ちば先生
- 温もりがあって読む人を温かい気持ちにしてくれるいい絵だよね。自然なんかも、農業をやっている人じゃないとわからないところまでポイント押さえて描けているね。
- ●モーニング編集長・島田
- キャラクターが突飛でおもしろいですよね。
- ●ちば先生
- そうですね。ただギャグならギャグ、「害虫」や「自然」など問題提起するならすると、テーマを絞った方がいいでしょうね。主人公や博士にしても魅力のあるキャラクターを描くし、主人公が奨学金をもらうという話でも充分足りたんじゃないかな。
- ●担当編集者
- はい。単純に農業の話だけでも良かったのかもしれません。
- ●ちば先生
- この人が描ける世界はいっぱいあると思いますよ。沖縄から伝えたいこととか、いろいろとね。農業しつつ描いているから根性もきっとあるでしょう。
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『Mr.Queen』車戸亮太(滋賀県・21歳)
- ●ちば先生
- とても味があるお話でしたね。映画でぜひ観たい。ただ、絵が少し乱暴かなあ、もう少しリアル感があるといいですね。例えば、コヨーテや焚き火のシーンなんかもう少しリアルな感じが出せると、尚良かったですね。
- ●担当編集者
- ご指摘の通りです。全体的に同じスピードで描いてしまっているので緩急があまりついていないんですよね。上位に選ばれたら雑誌に載る可能性もあるので、それを意識して原稿を描いてと伝えたんですが、ネームの段階であった勢いが失われていて、それは本人も自覚をしています。
- ●ちば先生
- 描くのは速いんですか。
- ●担当編集者
- 速いですね。ただ逆に良くないところだとも思っています。
- ●ちば先生
- 絵が上手いんですね。しっかりポイントを掴んでいるので、乱暴という訳ではないんですよ。ただ場面によっては、リアルに描くと臨場感が出て、もっと惹き込まれるようになるんじゃないかな。そこを描けるだけの実力があるだけに、ちょっともったいなかったかな。
- ●モーニング編集長・島田
- 前回のMANGA OPENの応募作に比べたら丁寧だよな。けど、今の新人さんて上手いのにじっくり描かない人多いよね。時間をかけてじっくり描くと上手く見えないみたいな(笑)。手数少なくしたらかっこいいんだろうけど、まだ未熟なのに手数減らしちゃダメなんだろうな、きっと。
- ●ちば先生
- ただ、あんまり遅いのもねえ。速い分にはいいんですよ、だんだん慣れてくるからね。私は描き込みすぎて絵が死んでくるタイプで、この方は逆にペンが走り過ぎて絵が軽くなってしまっている。足して2で割るくらいでちょうどいいかもね(笑)。コマ割りも人物の表情もとてもいいので、このスピード感は失わない方がいい。速い人にゆっくり描いてというのは難しいんだけど、この方に関して言えば、部分部分でいいんですよ。魅せる場面を緻密に描くと、より読む人の心を打つようになると思いますよ。
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『ケルトの庭』mao(埼玉県・39歳)
- ●ちば先生
- 絵はあまり達者ではないけれど、セリフや演出に気品があって、漫画として見せるというより読ませる力があるね。漫画でメッセージを伝えられる人だね。
- ●担当編集者
- 美大でグラフィックを学んでいた方です。本業のかたわら漫画を描かれています。イギリスやアイルランドに詳しく、何度も現地に足を運んでいるそうです。キャラクターの表情がゆるく、決め顔がないのですが、それはご自身でも自覚されているようです。ちなみに、今後はネーム原作も視野に入れながら漫画を描き続けたいそうです。
- ●ちば先生
- なるほど、原作はいいかもしれないねえ。けど、ところどころすごく魅力的な横顔描いているよね。
- ●モーニング編集長・島田
- コマ組みとはまた別の、漫画を魅せる技術というかリズムがすごくいいよな。漫画って、コマが「小」・「小」ときて、どこのコマをどのタイミングでどのアングルで大きくするかとかで、同じ脚本でも、グンとおもしろくもなったりつまらなくもなるんだよね。この人はそれができてるっていうか、むちゃくちゃ上手いよな。だからネーム原作はありだと思う。絵に関しては、表情も拙いけど、本当の問題は背景なのかな。
- ●ちば先生
- セリフもさらっとしていて必要最小限しか入っていない。キャラが自然だから読みやすいし演出が上手いですよね。だからこそ、ここの顔はもうちょっと描いてほしかったとか、樹木をもっときちっと描いた方がよかったとか、もったいない点があるよね。ただ、それをあまり気にさせないくらい演出と内容がよかったですね。
- ●モーニング編集長・島田
- 魅せてく技術がかなりある人ですね。
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『飛ばない教室』仲川麻子(埼玉県・26歳)

- ●ちば先生
- 読み返すことなく、すーっとラストまで読めました。とても爽やかな印象ですね。これが初めての作品ですか?
- ●担当編集者
- いえ、漫画は応募作で3本めですね。前の2作は全体的にページ数が少なく、11〜13pだったんですが、それでも世界観がしっかりした作品を描く印象を持ちました。
- ●ちば先生
- 普通はね、みんな力み過ぎてペンの下の方を持って描いちゃうんだけど、この方はペンの上の方を持ってサラサラっと描いているんじゃないかと思うくらい力みがないんですよね。あっさりしすぎかなというとそうではなく、大事なところはちゃんと描いているし、無駄がない。コマ割りも上手いですね。
- ●担当編集者
- ありがとうございます。今回の作品からも感じたんですが、ある意味、喪失感を描ける人だなと。
- ●ちば先生
- 感心しましたよ、26歳でしょ。主人公の女の子の顔がサラッとしているんだけど、恋で苦しんでいる感情が伝わってくる。そして相手の先生も、彼女が諦めるように、わざと子供が写っている携帯の待ち受けを彼女に見せたり家庭の話をしていて、大人の思いやりを見せている。それでも好意を抱かずにはいられない少女と、その想いに重なるように男の子が登場する……このへんのやり取りがうまいですよね。
- ●モーニング編集長・島田
- この人はペン、速いですかね。
- ●ちば先生
- きっと速いと思いますよ。けどポイントは押さえているからね。普通、主人公格の人物を描くときは、もっとかわいらしかったりイケメンに描くんだけど、本当にその他大勢なんだよね。それでいてキャラクターがしっかりしている。男の子の鷹揚ささえも魅力的に描けているから、読み手は、先生に失恋しても彼と付き合えば幸せになれるんじゃないかなと自然に思える。それと、先生の大人なりの優しさも横顔から伝わってくる。一度読むだけじゃ分からないけど、繰り返し読むと、作者の心くばり、こういうところに神経を配っているんだろうなと気付く。繊細な作品ですよね。
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『ディヴィッドの肖像』雨瀬シオリ(東京都・21歳)
- ●ちば先生
- この人の絵は走っているね。上手くて勢いがあり、ペンタッチに魅力がある。けど、描き分けをもうちょっとできていると良かったかな。少しペンが走りすぎているのか、現地の女の子が笑っているのか泣いているのかがわからないところが何箇所かあったかな。
- ●担当編集者
- 今回が初めての応募ということで打ち合わせ等はしていません。戦争や大正・昭和という時代に興味のある方です。戦争も戦闘ではなく、苦しい状況下での人間の感情を描くというところに意識を置かれていて、今回このような形になったそうです。
- ●ちば先生
- 女の子が途中でギャーギャーと大泣きしていたりと途中でドタバタの要素が入っているけれど、戦場の話としてそういう演出に違和感を抱いてしまったかな。傷ができて虫がわくというようなことを描くのならばもっと徹底してほしかった。そのような“戦場の緊張感”が描かれていると、例えば、女の子が泣くと敵に見つかりたくないから思わず首を絞めたくなるような気持ちが生じる、みたいな演出もできたと思う。少女を起こすのに蹴っ飛ばすというシーンを読んでいると、どこで敵が見てるかもしれないというようなことが頭をよぎって、物語を冷めた目で見てしまうんだよね。もちろん、このテーマに関してはいろんな人の意見を聞いた方がいいと思うから、あくまで僕の考えですね。
- ●担当編集者
- いえ、もしこの形でネームで出てきたら私も「抑制を強いられた戦況下」にするか「ドタバタ」にするか絞るよう作者と相談したと思います。
- ●ちば先生
- 舞台を日本にすれば良かったのかな。ジャングルでねずみを食ったりという中で、現地の子との交流があり、苦しい中でも日本兵は笑顔を忘れなかったというようなね。このお話はいいストーリーだけど演出がちょっと違っていたのかな。重い話が続くと息苦しいから、泣いたりわめいたりというシーンを入れて、作者なりのサービスというかエンターテインメントだったのかもしれないけど、世界観を壊してしまう危険がある。何を伝えたいかが大切で、戦地で死線をさまよっている中で笑顔を忘れない兵士を描くならば、そういう設定での時間の流れを描かないとね。せっかくいい話なのにもったいないよね。
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『はらペコマチ』伊藤寿規(東京都・31歳)
- ●ちば先生
- この作品、魅力あるよねえ。昭和の良さというか、下町の感じが、私にはとても懐かしい感じがしました。絵の雰囲気もいいしね。ただ、物語として、短編を描くときにいろんな材料を入れてしまって、和食なのか洋食なのか……。いわば、一つの器の中にみんな入っちゃってる。サービス精神がとても旺盛な人なんだろうと思うんだけど。カレーなのかラーメンなのか、日本蕎麦なのかお寿司なのか……それだけ味わいたい。だけど、お寿司の中に、トロもあったりカッパもあったりウニもあったり……お寿司は、お寿司で統一しているわけでしょう? どこかテーマをひとつに絞って統一しないと。これ、すごくいいエピソードがたくさん入っているんですよね。女の子が目が見えないんだけれども、皆から可愛がられて助けられて。この女の子は何とか自分のメニューを持ちたいという夢もあって……。エピソードやドラマを詰めこみすぎなければ、もっと良かったね。
- ●担当編集者
- この作者、料理人だったんですよ。
- ●ちば先生
- じゃあ、自分で料理作るんだね。
- ●担当編集者
- そうなんです。それで、料理漫画が描きたいっていうことで出来た作品なんですが……。
- ●ちば先生
- とてもいいキャラクターがたくさん出ているんだけどね。それぞれにみんな、一癖も二癖もある。親子とヤクザだけじゃなくて、周りで手伝ってくれている人たち、飲んだくれている人……その他大勢の人たちも、みんなが個性があって。こいつは、こういう仕事をしているんだろうな、こういう生活を送っているんだろうな、って想像させるんですよ。もうそれは“その他大勢”じゃないんですよ。みんなに焦点が当たってるから。それでね、読んでるほうが疲れちゃう(笑)。濃縮ジュースをそのまま飲まされている感じがするわけ。だからもうちょっと薄めて……そうだね、この話だったら、三本から五本くらいの話が作れるかなあ……。それくらいのものが、濃密に入ってるんですよね。小料理屋を舞台にして、いろんなドラマを描ける人だと思うんですよ。
- ●担当編集者
- 実際、最近そういうネームを持ってきてもらったんですよ。一話10ページで、飲食店が舞台で……っていうものなんですけど、それだとちょっと、薄かったんですよね。それで今、まったく別の設定で描き直していただいてるんですけど。
- ●ちば先生
- 主人公の盲目の女の子を、とても可愛く描けているし、ヤクザも……14歳で刑務所はないね。少年院かな? まあ、そういうところがちょっと引っかかったんだけど。あとね、せっかく料理学校まで行ってたんだったら、普通の人が知らない世界を知ってるわけだから、そこをもっと上手く盛り込んでいってもいいかもしれないね。人間もそうだし背景もしっかり描きこんでいるから、それだけでもう努力賞をあげたくなっちゃうんだけど。でも、描きこみすぎてるというのがまた、もったいないなとも思うんだよね。人間も背景もお話も、すべてが濃いから。全部いい材料なんだけど、濃くて、ちょっと食べにくい、飲みにくいって感じかなあ。
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『のぞみオタメリカン』若菜(埼玉県・25歳)

- ●ちば先生
- 主人公のほうはリアルに描いてるのに、黒人の子を記号的に描きすぎてて、そこがちょっとアンバランスだったかなあ。中々いい話だったんだけどね。これは、欲を言えばの話なんだけど……のぞみは、すごく冷静な子でしょ? 他の子が教室でわーわー言ってアニメやゲームの話をしている中で、皆と話をしたくない、自分は自分、皆と混ざって話しても楽しくないからっていって、皆と離れてぽつんとして毅然としてますよね。そこが魅力なのに、黒人の子に、好きって言われたら、急にドキドキして携帯の番号を教えてほしいとか言いだしちゃって、ちょっとそこ、ガッカリしたんだよね。そういうキャラクターじゃないだろう、って(笑)。この女の子は毅然として、黒人の子が携帯の番号を教えてって言っても、バーンと払うような……だけど黒人の子にせがまれて教えてしまったというのだったら、まだ良かったんですけど。キャラクターがちょっとぶれているのがもったいなかったかな。それ以外はとても良かったよ。新幹線の走ってる音だけで「のぞみ」と「ひかり」か聞きわけられるっていう話を出しておいて、その辺をうまくストーリーに絡めて話作りをしているのはいいですよね。
- ●担当編集者
- この作者はまだ若いんですけど。バイトとアシスタントを兼業しててかなり今、忙しいみたいなんです。
- ●ちば先生
- でもそんな中で、描くのは偉いねえ。
- ●担当編集者
- 人を楽しませようっていうサービス精神があるんで、いろいろネタは盛り込んであるんです。そのせいか、全体的にちょっと浅めになるっていうのを本人は気にしてました。
- ●モーニング編集長・島田
- 狂気がね。もうちょっとあればなあ……。
- ●担当編集者
- 例えば、恋愛とかも絡んでくると、お話ももうちょっと違う展開も出来るかなあと思うんです。作者が恋愛の漫画自体をそんなに好きじゃなくて。友情っていう方向で物語を進めていって、ちょっと無理やり感が出てしまったかもしれないですね。
- ●モーニング編集長・島田
- いじめっ子もまあ割とステレオタイプで、よくある感じだよね。
- ●担当編集者
- そうですね。ただ、読んでいる人を喜ばせようとしているところは評価してあげたいですね。
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『アングリーアングラー』亘一茂(神奈川県・37歳)
- ●ちば先生
- これは面白かったねえ。絵も上手いし、この先生のキャラクターも、女の子もすごく良かった。女の子は、色っぽくて中学生には見えなかったけどね(笑)。自然の描き方がとても上手い。絵で表現する背景にしても、人物にしても、魚の釣る瞬間の「ゴボッ」という水の描き方とか……相当、表現する力を持っていますね。
- ●担当編集者
- 本人は実際、海釣りによく行っているみたいで。美術の学校の講師をやってたこともあるようで、その辺りの体験も出ているんだと思います。また、14歳に見えない女の子は、実際に作者が海釣りしているときに出会った南米系の女の子にインスピレーションを得ているみたいです。その子が、かなり勢いよく魚を釣っていくらしいんですよね。
- ●ちば先生
- なるほど。これは、自分の中ではもう、大賞になってもおかしくないレベルの作品なんだけどね。さらっと読んですんなり自分の中に入ってきて、すごく面白かったです。
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『あえぎ声』市丸いろは(東京都・31歳)
- ●ちば先生
- 最初はその良さがそこまでよくわからなかったんだけど、何度も読んでいるうちに、どんどん面白く感じてきて。でもこの作品はちょっと、純文学すぎるかなあ。とにかくね、絵が上手いなあ、と思って。小学生くらいの女の子が性に目覚めた、そんな日常をさらっと上手く描いているなあという印象だったね。
- ●担当編集者
- 読み返すうちに面白く感じた、というのは、何故なんでしょう?
- ●ちば先生
- 最初ね、スーッと物語が自分に入ってこなかったの。友達のあだ名ひとつ取っても、どうしてこんなあだ名で呼ばれているんだろう……とか。初めて読む短編っていうのは、つまりその作者の世界に初めて出会うことと同じなんだよね。その世界を一度で理解するのは中々難しくて……だからこそ一度目は読みながら、疑問に思ってつまずいたところも、読み返すと次は自然に読めちゃうんだよね。
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