#49 崖を登るということ
──2012年4月27日記す
去年から歯の治療を始め、そろそろ一年となる。
もともと顎関節症を診てもらおうと思って行ったのだが、まさかこんなに壮大な治療になるとは思わなかった。昔から歯が弱い(個人差で硬い柔らかいがあるらしい)上に、だらしないため歯のトラブルは多かった。
ある時など、若い男性を含む飲み会にて、前歯ツートップの片方が電撃引退するという事件まで起こったのだ。
簡単に言うと飯を食べていたら、前歯がいきなり根本から折れたということなのだが、その時食べていたのは餃子である。100歳の老人ならまだわかるが、当時はまだ二十代前半、自分の歯は発泡スチロール製なのかもしれない。
そしてそれから数年後、相変わらず歯は悪かったが、顎の調子も悪く、口が開かなくなるという逆顎はずれ現象まで起こり出したので、その治療のために歯医者へ行ったのだ。
歯医者の説明では顎関節症の原因はいろいろとあるが、かみ合わせの悪いことがその一つなので、矯正治療で改善する可能性がある、とのことだった。矯正治療は高いと聞いていたので気後れしたが、とりあえず見積もりだけ出してもらった。するとそこには自分の予想のはるか上を行く数字が記されていた。正確な数字は伏せるが、いきなり六つ子が生まれても、おでかけ楽々! みたいな車が買えてしまう額だ。
あまりの金額に言葉を失い、しばらくしてから「無理です」と答えると、医者は「DAYONE〜」という顔をした。
結局、保険(適用)内の治療をしながらかみ合わせを改善していこうという話になったのだが、その治療が始まってからすぐまた衝撃的な話を聞かされた。
「予想以上に歯の状態が悪く、残しておけない歯が何本かあります。その場合インプラントをするか入れ歯になります」
矯正をするかどうかから、入れ歯にするかどうかの話になっている。ちなみにインプラントは一本数十万円、デッドオアデッド? と訊かれているようなものである。
どれだけ適当に生きたら、二十代のうちに不摂生だけで入れ歯になれるのか。自分の歩んだ道を振り返ると、たしかにそうなっても仕方がないと思えた。私の前に道はない、かといって退路もない、プチ高村光太郎、である。
金銭面を考えれば入れ歯の方がはるかに安いのであろうが、年寄りもいないのに部屋に入れ歯洗浄剤があるという風景はどうだろうか。間違いなく家庭が暗くなる。
結局断腸の思いでインプラント治療を決断した。もちろんタダで生えているものを大切にすれば、こんなことにはならなかった。ぜひ皆さんは歯を大切にしていただきたい。
私の前に道はない。ただ崖があるだけだ。
(2012/05/15)
