

勉強は大人になってからでも間に合う。
僕にしても、経済や経営について勉強をしたのは大人になってからだった。
こう聞いて、次のような疑問を抱いた人もいるかもしれない。
「どうして学校では、国語や数学なんか勉強するんだろう。それよりも、もっと仕事に直結するような勉強、たとえば経済や経営のことを教えてくれたらいいじゃないか」
たしかに、それももっともな意見だと思う。
ただ、これは「仕事とはなにか」という問題が理解できれば、納得できる話なんだ。
仕事なんてね、ただの「ツール」なんだよ。
なんのためのツールか?
僕の答えは、「自分を磨くため」。
自分を磨いていけば、まわりの人を幸せにすることができる。まわりの人が幸せになれば、さらにそのまわりにいる人たちにも幸せが届いていく。こうやって幸せの輪がどんどん広がっていくことで、初めて「社会貢献」って言葉が生まれてくる。
だからね、いきなり「世界のみんなを幸せにしたい!」とか、「社会貢献したい!」とか高い理想を掲げても、それは無理なんです。必ずどこかで息切れするから。
喜ばせる相手は、自分の身近な人。
家族だったり、友達だったり、学校の先生だったり、仕事仲間だったり。そういう、目に見える範囲の人たちを喜ばせることができたら、もうそれでいいんです。

マザー・テレサがノーベル平和賞を受賞したとき、記者から「世界平和のために、私たちはなにをしたらいいのでしょう?」と聞かれたんだ。このとき彼女はなんと答えたか。
「家に帰って、家族を大切にしてあげてください」
まさにその通りだと思う。
だから、経営者としての僕の優先順位は、なによりも先に従業員の幸せ。そして次がお客さんの幸せ。株主さんの幸せは、その次くらいだね。
この順番は、絶対に間違えちゃいけない。従業員が不幸だったら、お客さんまで不幸になる。これは当たり前の話だよ。
そして仕事が「自分を磨くためのツール」だとしたら、学校で学ぶのは「自分の磨き方」なんだ。
国語や数学や英語なんかの勉強は、自分を磨くためにやってるの。部活動だってそう。毎日、陽が暮れるまでグラウンドで汗を流すのは、自分の磨き方を学んでいるんだよ。
社会に出たら、たくさんの困難が待っている。親も先生も助けてくれない。そんな困難を乗り越える力を、みんなはいま、授業料を払いながら学んでいるんだ。
僕は、この「自分の磨き方」のことを「教養」と呼ぶんだと思う。
教養がない人は、社会に出てちょっとつらいことがあると、すぐにあきらめて逃げちゃう。ギブアップしちゃう。
別に優等生になる必要はないんだけど、高校時代という貴重な時間を全力で生ききってほしい。勉強も、運動も、遊ぶのも、すべて全力でね。
専門知識を勉強するのは大人になってからでも十分に間に合うし、なにを勉強するべきかなんて、実際に仕事を始めないとわからないよ。
特別講義2時限目 学校で身につける「教養」ってナンだ!? より抜粋