特別講師
水野和敏 ミスター日産GT-R

僕は、自分が技術者だという意識をあまり持ってないんだ。

もちろん、エンジニアにとって技術は大事だよ。でも、プロだったら技術なんてあって当たり前。話は・その先・になにを持っているかだよね。

だから僕は、自分のことをプロデューサーだと思ってる。僕だけでなく、すべてのエンジニアがプロデューサー思考を持つべきだと思っている。

いま、「理系離れ」とか「エンジニア離れ」とか、いろいろいわれている。その原因のひとつには、エンジニアという仕事のおもしろさが十分に伝えられていないことがあるのかもしれない。

僕は、中学を卒業した後、高専(工業高等専門学校)に進んだ。

理由は、高専の充実した設備。

当時は日本全体にエンジニアをはじめとする技術者を育てようという気運があって、全国にたくさんの高専が作られたんだ。国からの補助金は、大学への補助金の倍以上だった。それだけ環境も設備も整っていたというわけ。

高専に入った僕は、自分で自動車部を作って、鋳物を作ったり、板金したり、溶接したり、自分の考えを形にすることに夢中になった。

この「自分で考えたことを形にする」というのが大切なんだよ。

自分の考えをどれだけ言葉を尽くしてしゃべったところで、たいていの人は「あ、そう」で終わりなんだよね。

立派な文学者は違うんだろうけど、言葉なんてほとんど一瞬で消えてしまう風のようなもの。なかなか言葉だけで相手を動かすことはできない。

でも、自分の考えをなんらかの形にして、目で見て、手で触れられるものにしていくと、相手は納得するし、喜んでくれる。

そしてなにより、自分の作ったクルマなら後々までずっと残る。

目に見えるし、手で触れられるから、イメージ通りに完成したときの達成感も大きい。しかもこれが製品であれば、たくさんの人に使ってもらって、たくさんの笑顔を作り出していくことまでできる。

クルマにかぎらず「エンジニアの喜び」って、ここにあるんじゃないかな。

決まりきったモノを大量生産するのは、ロボットの仕事。エンジニアの仕事はそんなものじゃない。もっとクリエイティブで、ほかのなによりも感性が求められる。それがエンジニアという仕事さ。

それをわかってもらえたら、僕としてはもう十分だね。

特別講義4時限目 シゴトも勉強も「恋愛」だ! より抜粋

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みずの・かずとし。1952年、長野県に生まれる。1972年、日産自動車入社。R32型スカイライン、初代プリメーラP10型車両パッケージ計画を担当。1989年にNISMOへ出向し、グループCレースのチーム監督に就任。国内外のレース活動・マシン設計を指揮。2000年からCVE(チーフ・ビークル・エンジニア)としてV35型スカイライン、ステージア、Z33型フェアレディZを担当。「NISSANGT-R」で開発責任者として辣腕を振るう。現在、Infiniti製品開発本部第二プロジェクト統括グループ、CVE兼チーフ・プロダクト・スペシャリスト。

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